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2025年8月17日 (日)

【労働・労災】給与体系の変更について、原告らが自由な意思に基づき同意したとはいえないとされた事例 東京地裁令和6年2月19日判決

 判例タイムズNo1533号で紹介された東京地裁令和6年2月19日判決です。

 山梨県民信用組合事件の最高裁平成28年2月19日判決以降、形式的な同意をとるだけでは、同意ありと認めてくれなくなったことが確定しているので、この案件も、その判例からすれば、同意ありとされない事案であることは明らかと言えます。

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(1)旧給与体系から新給与体系への変更について原告らが自由な意思に基づき同意をしたといえるかについて


 ア 旧給与体系は、平成25年就業規則及び従業員の同意により導入され、その内容は平成27年給与規程に承継されていたものであるところ(前記2(2)イ参照)、被告は、新給与体系が原告らの労働条件となった根拠として、原告らの新給与体系への変更に対する同意を主張している。このような就業規則に定められた賃金や退職金に関する労働条件の変更に対する労働者の同意の有無については、当該変更を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけでなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも、判断されるべきものと解するのが相当である(最高裁平成28年2月19日第二小法廷判決・民集70巻2号123頁)。


 イ 本件についてみると、認定事実(7)ないし(9)によれば、被告は、平成28年春頃に多数の従業員から給与計算が不明瞭であるとか残業単価が低額であるなどの指摘を受け、これを契機に旧給与体系の見直しを行い、新給与体系に変更することとしたものであり、新給与体系への変更に関する説明会において、従業員に対し、本件説明会資料を交付した上、残業単価が最低賃金を下回っているためこれを是正する必要があり、分かり易さの点から、日給月給制を月給制に改め、各種手当を廃止して基本的には基本給と定額残業代というシンプルな構成とすること、新給与体系の給与シミュレーションと旧給与体系の給与シミュレーションを比較すると新給与体系への変更後も旧給与体系における支給水準が維持される想定であること、過去の未払賃金を清算する予定であること等を説明したこと、原告らは当該新給与体系への変更に関する説明会に参加した後、口頭又は平成29年労働条件契約書に署名押印して被告に提出する方法により新給与体系への変更に同意したことが認められる。

 しかしながら、旧給与体系の時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当及び特務手当(固定又は変動)がいずれも基礎賃金に当たることは前記2で検討したとおりであるし、無事故手当は給与算定期間内において事故等を起こさなかった者に支給されるものであり(平成27年給与規程27条、被告代表者〔22頁〕)、これは通常の労働時間又は労働日の賃金であって、除外賃金にも当たらない以上、基礎賃金に当たるものであったが、新給与体系への変更に関する説明会において被告が説明した旧給与体系の法的な問題点は最低賃金法違反のみであった。

 本件説明会資料に記載された旧給与体系のシミュレーションにおいては、時間単価の算定に関し、特務手当、特別手当及び夜勤・長距離手当の支給はないものとされており、旧給与体系における時間単価の基礎賃金には無事故手当が算入されていなかったが、新給与体系への変更に関する説明会において何が時間単価の算定の基礎に含まれるかについての説明はなされておらず、無事故手当が基礎賃金に含まれていないことは本件説明会資料の「対象合計」欄記載の金額はいずれも「基本給」「職能給」「愛社手当」「皆勤手当」及び「調整給」欄記載の金額の合計額と一致するという検討を経て初めて読み取ることができる事実であり、被告従業員において、これらの手当が基礎賃金に含まれるべきか否かを認識することは困難であったといえる。

 そして、旧給与体系の時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当、特務手当(固定又は変動)及び無事故手当が基礎賃金に含まれることを前提に、平成28年11月度から新給与体系に切り替わるまでの間において、原告らに対し実際に支給された旧給与体系の賃金をベースに基礎賃金(平均額)及び時間単価(円以下四捨五入。基礎賃金(平均額)を給与計算期間の所定労働時間(日給月給制のため)数で除したもの)を算定した結果は下表の「旧」欄に各記載のとおりである。他方で、請求対象期間中に原告らに実際に支給された新給与体系の賃金をベースに定額残業代を除いて基礎賃金(平均額)及び時間単価(円以下四捨五入。定額残業代を除いた基礎賃金(平均額)を月平均所定労働時間173時間(月給制のため)で除したもの)を算定した結果は下表の「新」欄に各記載のとおりであり、旧給与体系と新給与体系を比較すると、時間単価については後者が前者の約69%から約81%の幅で減縮され、基礎賃金(平均)についても前者に比して後者は約3万円から約7万円の幅で減少していることが認められる。その結果、例えば、原告X2の平成29年6月度と同年8月度の給与明細書(乙3の18)を比較すると、いずれも所定労働時間168時間であって、時間外労働時間数も前者は70時間15分、後者は70時間と近似し、休出残業時間は前者が後者を上回っているにもかかわらず、総支給額は前者に比して後者が3万円以上少なくなっている。

 このような基礎賃金及び時間単価の減額幅からすれば、日給月給制から月給制に変更されたこと、基本給が増額されたこと、過去の残業の実情を踏まえて設定した定額残業代がされていることなど原告らに有利な変更点を合わせ考慮しても、新給与体系への変更は原告らにとって著しい不利益を含むものであったというべきである。

                      原告X1     原告X3     原告X4     原告X5     原告X2
旧 基礎賃金(平均)            ¥264,686 ¥236,470 ¥262,436 ¥222,406 ¥257,595
  時間単価                  ¥1,622   ¥1,449   ¥1,610   ¥1,363   ¥1,580


新 基本給+愛社手当+特別手当合計(平均) ¥192,368 ¥195,526 ¥211,875 ¥191,579 ¥212,000
                      ¥-72,318 ¥-40,944 ¥-50,561 ¥-30,827 ¥-45,595
  時間単価                  ¥1,112   ¥1,130   ¥1,225   ¥1,107   ¥1,225


新単価/旧時間単価              約69%     約78%     約76%     約81%     約77%

 被告は、本件訴訟において、旧給与体系における時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当及び特務手当が基礎賃金に当たることを争っているが、旧給与体系において無事故手当、夜勤・長距離手当、特別手当及び特務手当は平成27年給与規程に沿った運用がされていたと認められる(前記2)こと、時間外職能給については割増賃金としての対価性があることを確認できない状態であったことからすれば、新給与体系への変更に関する説明会が実施された時点においても、仮に未払賃金請求訴訟が提起された場合には、時間外職能給、夜勤・長距離手当、特別手当及び特務手当について、裁判所により基礎賃金に含まれると判断される可能性が相当程度あることを認識し又は認識すべきであったといえる。無事故手当についても、本件訴訟で基礎賃金に含まれることを争っていないこと、元顧問社会保険労務士の見解に従っていたというほかに的確な根拠はなかったことからして、同様である。 

 そして、新給与体系への変更による不利益が前記のようなものであることを考慮すると、被告従業員が新給与体系の変更について自由な意思に基づいて同意したといえるためには、被告従業員が新給与体系の変更に関する同意に先立って、新給与体系への変更により労働基準法37条等が定める計算方法により時間単価を算定した時間単価が減少するという不利益が発生する可能性があることを認識し得たと認めることができることが必要であったというべきである。

 しかしながら、本件では、平成25年労働条件通知書の控えは原告らに交付されておらず、新給与体系への変更に関する説明会における説明内容、本件説明会資料の記載は前記のとおり旧給与体系における基礎賃金の範囲すら正確に把握することが困難であったと認められ、原告らが新給与体系の変更に同意した際、時間単価が旧給与体系に比して約69%から約81%の幅で減縮されるという不利益が発生することが認識し得たとは到底認められない。そうすると、原告らが自由な意思に基づいて新給与体系の変更に同意したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとは認められない。
 

ウ 小括
  以上によれば、新給与体系が原告らの同意により原告らの労働条件になったものと認めることはできない

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