【交通事故】 障害を有する未成年者の逸失利益の算定 大阪高裁令和7年1月20日判決
判例時報No2624号に掲載された大阪高裁令和7年1月20日判決です。
第1審は、逸失利益の算定となる基礎収入としては、賃金センサスの85%と判断しました。
第2審の大阪高裁は、減額をせずに、賃金センサスの金額を認めました。
(万博・オーストラリア館)
未成年者の逸失利益を認定するに当たって全労働者平均賃金を用いる際には、一般に当該未成年者の諸々の能力の高低を個別的に問うことなくその数値を用いているのが通例であり、あえて全労働者平均賃金を増額又は減額して用いることが許容されるのは、損害の公平な分担の理念に照らして、全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき顕著な妨げとなる事由が存在する場合に限られるというべきである。
Aは、先天性の聴覚障害を有していた児童であるところ、Aにつき、就労可能年齢に達した時点における基礎収入を当然に減額するべき程度の労働能力の制限の有無やその程度を検討するに当たっては、死亡当時のA固有の聴覚の状態像を正確に理解した上で、就労可能年齢に達したときのAの労働能力の見通し、聴覚障害者をめぐる社会情勢・社会意識や職場環境の変化を踏まえたAの就労の見通しを検討して、Aの労働能力を評価すべきであると考えられる。
以上の検討の結果、Aが就労可能年齢に達した時点において、まず、前記イのとおり、Aの中枢系能力は、平均的なレベルの健聴者の能力と遜色ない程度に備わり、聴力に関しても、性能が飛躍的に進歩した補聴器装用に併せて、一定程度不足する聴力の不足部分を手話や文字等の聴力の補助的手段で適切に補うことにより、支障なくコミュニケーションができたと見込まれるから、Aは、聴覚に関して、基礎収入を当然に減額するべき程度に労働能力の制限があるとはいえない状態にあるものと評価することができる。
また、前記ウのとおり、本件事故当時においても、将来、障害者法制の整備、テクノロジーの目覚ましい進歩、さらには聴覚障害者に対する教育、就労環境等の変化等、聴覚障害者をめぐる社会情勢や社会意識が著しく前進していく状況は予測可能であった。そして、現に、Aが就労可能年齢に達した現時点においては、障害の「社会モデル」の考え方が浸透し、事業主の法的義務となった社会的障壁を除去するためのささやかな合理的配慮の提供として、聴覚障害者に対し様々な補助的手段の併用が認められ、聴覚障害者がそれらを駆使して、健聴者とともに同じ条件で働く職場環境が少なからず構築されているといった、聴覚障害者をめぐる就労現場の実態があり、このような労働実態は、本件事故当時においても蓋然性をもって合理的に予測可能であったといってよい。
さらに、前記エのとおり、Aは、就労可能な年齢に達した時点において、本件支援学校等の教育によって社会的障壁を除去する意識や行動力を身に付け、聴力の補助的手段としてAが選択した方法を認めて協力してもらうなど、決して過重とはいえない合理的配慮がされる就労環境を獲得し、健聴者と同じ職場で同じ条件で働くことができたであろうことが、本件事故当時においても、これまた、蓋然性をもって合理的に予測することができたといえる。
そうすると、Aは、就労可能年齢に達した時点において、生来の聴覚障害を自分自身及び職場(社会)全体で調整し、対応することができると合理的に予測できるから、損害の公平な分担の理念に照らして、全労働者平均賃金を基礎収入として認めることにつき顕著な妨げとなる事由はなく、健聴者と比べて、基礎収入を当然に減額するべき程度に労働能力の制限があるということはできない。
このように、Aは、一般就労、即ち、障害の有無にかかわらず、健聴者と同じ職場で同じ勤務条件や労働環境のもとで同等に働くことが十分可能であったと考えられる。そうすると、Aの逸失利益を算定する際の基礎収入については、平成30年の全労働者平均賃金を用いるのが相当であって、Aの基礎収入につき、この平均賃金から何らかの減額をする理由はないといわなければならない。
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