「虎に翼」 尊属殺事件最高裁判決に対する穂高先生の少数意見
昭和25年10月11日、尊属殺事件に対する穂高先生の少数意見が話題になっています。
被告人が尊属に当たる者を死亡させてしまった場合、通常の傷害致死よりも格段の重罰を以て処断されていました。
この刑法の規定が、法の下の平等(憲法14条)に反するのではないかが問われた案件です。
当時の最高裁の多数意見は、法が子の親に対する道義的義務をとくに重視したものであり、憲法14条に違反するとした原判決を破棄しております。
この多数意見に対する、穂高先生 こと 裁判官穂積重遠の少数意見は、下記のとおりです。
本件は刑法二〇五条に関するが、問題は同二〇〇条から出発するゆえ、両条にわたつて意見を述べる。そして先ず両法条の立法を批判したい。
刑法二〇〇条は、同一九九条に「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」とあるのを受けて、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役二処ス」としたのである。すなわち法定刑の上限は共に死刑であるから、もし尊属殺は極悪非道なるがゆえに極刑を以て臨まねばならぬとしても、それは、一九九条でまかない得るのであつて、特に二〇〇条を必要としない。
そこで普通殺人と尊属殺との刑罰の差違は、各法定刑の下限に存する。すなわち前者にあつては刑を懲役三年まで下げて執行猶予の恩典に浴せしめることができ、後者は死刑にあらずんば無期懲役と限られているから、かりに法律上の減軽と酌量減軽のあらん限りを尽したとしても、懲役三年半以下に下げることができず、従つて執行猶予を与え得ない。刑法が両者の間にかような差違を設けた理由は、正に多数意見が説くとおりであろうが、普通殺人に重きは死刑にあたいし軽きは懲役三年を以て足れりとしてかつその刑の執行を猶予して可なるがごとき情状の差違あると同様、尊属殺にも重軽各様の情状があり得る。いやしくも親と名の附く者を殺すとは、憎みてもなお余りある場合が多いと同時に、親を殺しまた親が殺されるに至るのは言うに言われぬよくよくの事情で一掬の涙をそそがねばならぬ場合もまれではあるまい。刑法が旧刑法を改正してせつかく殺人罪に対する量刑のはゞを広くしたのに、尊属殺についてのみ古いワクをそのままにしたのは、立法として筋が通らず、実益がないのみならず、量刑上も不便である。
刑法二〇五条の傷害致死罪については、普通人に対する場合は「二年以上ノ有期懲役」であるが、直系尊属に対する場合は「無期又ハ三年以上ノ懲役」となつているのであるから、法定刑の上限にも下限にも差違を設けてあり、尊属傷害致死について特別の規定をした意味がある。ところが刑法二〇八条の傷害を伴わぬ暴行罪および同二〇四条の死に至らざる傷害罪については、普通人に対するものと直系尊属に対するものとによつて刑の軽重を設けていない。もし「かりにも親のあたまに手をあげるとはげしからん」というのであるならば、そもそも暴行罪からして直系尊属に対するものを重く罰せねばならず、いわんや傷害の故意があつて傷害の結果を生ぜしめた場合はもちろんである。しかるにその暴行傷害を特に重しとせずして、未必の殺意すらないのにたまたま致死の結果が生じた本件のごとき場合になつてはじめて普通人に対する傷害致死と差別して刑を重くするのは、立法として首尾一貫せず、かつ殺意なき行為に対する無期懲役は、科刑として甚だ酷に失する。刑法二〇五条一項により有期懲役の長期たる一五年まで持つて行ければ充分であろう。
なお遺棄罪については刑法二一八条二項に、また逮捕監禁罪については刑法二二〇条二項に、それぞれ直系尊属に対して犯された場合の刑の加重が規定されている。本件直接の関係でないゆえ一々論及しないが、殺傷の場合の議論が大体当てはまる。
さらに注目すべきことは、刑法二〇〇条および二〇五条二項の「直系尊属」の範囲である。それは民法の規定に従うのであるが、その民法に新憲法の線にそう改正があつて、「直系尊属」の範囲が変更し、以前は直系の尊属卑属であつた継父母継子の親子関係が認められないことになつた。そこで新民法下において刑法二〇〇条および二〇五条二項を適用すると、継父母を殺しまたは死に致したのは尊属殺または尊属傷害致死ではないことになる。しかし継父母殊に継母は継子に取つて、場合によつて実母同様、少くも養母以上の恩義があり得る関係である。それゆえ殺親罪を認めながら継父母殺しを殺親罪としないことは、父母的関係においてそれよりも遠い「配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者」を殺親罪に問うのとくらべて、甚しい不釣合であつて、新憲法下に殺親罪という旧時代規定を保存した矛盾の一端がはからずもここに暴露したものというべきである。
かくして刑法二〇〇条および同二〇五条二項は、立法としてすこぶる不合理でありかつ不要であつて、昭和二二年法律第一二四号による刑法一部改正の機会に削除せらるべきであつたと思うが、その機を逸してその規定が現存する今日、この二箇条が憲法に違反する無効のものではないだろうかということが問題になるのは、当然である。原判決は、刑法二〇五条二項を憲法一四条に違反するものであるとして、本件犯行に同条一項を適用し、当裁判所の多数意見は、検事上告を容れて、右刑法二〇五条二項は憲法違反にあらず、従つて本件犯行には右条項を適用すべきものとするのであるが、原判決も検事上告も、また当裁判所多数意見も、単に刑法二〇五条二項だけでなく、同二〇〇条をも含めて、殺親罪全体を問題としている。本裁判官は原判決を、その説明には過不及があるが、結論において正当と認めるがゆえに、以下当裁判所多数意見および上告論旨の諸論点について意見を述べたい。
(一) 問題の焦点は憲法一四条である。多数意見は、同条は「大原則を示したものに外ならない」のであつて、「法が、国民の基本的平等の原則の範囲内において、、、、道徳、正義、合目的性等の要請により適当な具体的規定をすることを妨げるものでない」とする。しかしながら、憲法が掲げた各種の大原則については、できるだけ何のかのという「要請」によつてその範囲を狭めないように心がけてその精神を保持することが、殊に旧習改革を目指した新しい憲法の取扱い方でなくてはならないと考える。憲法一四条の「国民平等の原則」は新憲法の貴重な基本観念であるところ、実際上千差万別たり得る人生全般にわたつて随所に在来の観念との摩擦を起し、各種具体的除外要請を生じ得べく、あれに聴きこれに譲つては、ついに根本原則を骨抜きならしめるおそれがあることを、先ず以て充分に警戒しなくてはならない。上告論旨(4)は、憲法一四条は「いかなる理由があつても不平等扱を許さないとまでする趣旨ではない。…一定の合理的な理由があれば必ずしも均分的な取扱を要しないものと解すべきである。」と言うが、さような考え方の濫用は憲法一四条の自壊作用を誘起する危険がある。平等原則の合理的運用こそ望ましけれ、不平等を許容して可なりとなすべきでない。
(二) 多数意見は、刑法の殺親罪規定は「道徳の要請にもとずく法による具体的規定に外ならない」から憲法一四条から除外されるという。しかしながら憲法一四条は、国民は「法の下に」平等だというのであつて、たとい道徳の要請からは必らずしも平等視せらるべきでない場合でも法律は何らの差別取扱をしない、と宣言したのである。多数意見は「原判決が子の親に対する道徳をとくに重視する道徳を以て封建的、反民主主義的と断定した」と非難するが、原判決は「親殺し重罰の観念」を批判したのであつて、親孝行の道徳そのものを否認したのではないと思う。多数意見が「夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳は、人倫の大本、古今東西を問わず承認せられているところの人類普遍の道徳原理」であると言うのは正にそのとおりであるが、問題は、その道徳原理をどこまで法律化するのが道徳法律の本質的限界上適当か、ということである。日本国憲法前文は、憲法の規定するところは「人類普遍の原理」に基くものであると言つているが、「人類普遍の原理」がすべて法律に規定せらるべきものとは言わない。多数意見は親子間の関係を支配する道徳は人類普遍の道徳原理なるがゆえに「すなわち学説上所謂自然法に属するもの」と言う。多数意見が自然法論を採るものであるかどうか文面上明らかでないが、まさか「道徳即法律」という考え方ではあるまいと思う。「孝ハ百行ノ基」であることは新憲法下においても不変であるが、かのナポレオン法典のごとく「子ハ年令ノ如何ニカカワラズ父母ヲ尊敬セザルベカラズ」と命じ、または問題の刑法諸条のごとく殺親罪重罰の特別規定によつて親孝行を強制せんとするがごときは、道徳に対する法律の限界を越境する法律万能思想であつて、かえつて孝行の美徳の神聖を害するものと言つてよかろう。本裁判官が殺親罪規定を非難するのは、孝を軽しとするのではなく、孝を法律の手のとゞかぬほど重いものとするのである。
(三) 上告論旨(5)は、「尊属親関係は依然新民法の下にも是認されている」と言う。なるほど民法は七二九条、七三六条、七九三条、八八七条、八八八条、八八九条、九〇〇条、九〇一条および一〇二八条に「尊属」「卑属」という言葉を使つているが、それは単に父母の列以上の親族を「尊属」子の列以下の親族を「卑属」と名附けたゞけで、実質上何ら尊卑の意味をあらわし取扱を差別しているのではない。新憲法下においては「尊」「卑」の文字は避けるとよかつたのだが、適当な名称を思い附かなかつたので、「目上一「目下」というくらいの意味で慣用に従つたのであろう。そして直系尊属なるがゆえにこれを扶養を受ける権利者の第一順位に置いた民法旧規定は、新憲法の線にそう民法改正によつて消滅したのである。
(四) 多数意見は「憲法一四条一項の解釈よりすれば、親子の関係は、同条項において差別待遇の理由としてかかぐる、社会的身分その他いずれの事由にも該当しない。」と言う。上告論旨(3)も同趣旨である。これらは同条項後段に着眼しての議論であるが、その議論の当否はしばらく措き、憲法一四条一項の主眼はその前段「すべて国民は法の下に平等」の一句に存し、後段はその例示的説明である。その例示が網羅的であるにしても、その例示の一に文字どおりに該当しなければ平等保障の問題にならぬというのであつては、同条平等原則の大精神は徹底されない。そして多数意見は親に対する子の殺傷行為の方面のみから観察するが、その方面から観ても、同一の行為につき相手方のいかんによつて刑罰の軽重があらかじめ法律上差別されているということは、憲法一四条一項の平等原則に絶対に違反しないとは言い得ないのである。
(五) さらに転じて、同じ犯罪の被害者が尊属親なるがゆえにその法益を普通人よりも厚く保護されるという面から観れば、問題の刑法規定が憲法一四条の平等原則に違反することは明白である。多数意見は「立法の主眼とするところは被害者たる尊属親を保護する点には存せずして、むしろ加害者たる卑属の背倫理性がとくに考慮に入れられ、尊属親は反射的に一層強度の保護を受けることあるものと解釈するのが至当である。」と言うが、立法の主眼が果していずれにあるかは問題である。刑法二〇〇条についてはその点が明白でないが、前に述べたとおり、刑法二〇八条の暴行罪および同二〇四条の傷害罪においては、加害者が卑属なるがゆえに刑を加重せられるのではなくて、同二〇五条の傷害致死罪に至りはじめて被害者が尊属親なるによつて重刑が科せられるのであるから、立法の主眼が尊属親の法益保護にないとは言えない。そしてたとい「反射的」にせよ尊属親なるがゆえに「一層強度の保護を受けることがある」以上、正に憲法一四条一項の平等原則に違反すると言わざるを得ないのである。
(六) 多数意見は、原判決が「個々の場合に応じて刑の量定の分野に於て考慮されることは格別」と言つたのをとらえて、もし原判示のごとくんば、親であり子であることを「情状として刑の量定の際に考慮に入れて判決することもその違憲性において変りはないことになるのである。逆にもし憲法上これを情状として考慮し得るとするならば、さらに一歩を進めてこれを法規の形式において客観化することも憲法上可能であるといわなければならない。」と逆襲する。しかし、法定刑に上限下限のひらきを設けて裁判所の情状による量刑にまかすことは現代の刑法上当然の立法であり、加害者、被害者の身分上の続がらがその情状の一であることも無論さしつかえない。たゞ「さらに一歩を進めてこれを法規の形式において客観化すること」が「法の下に平等」の憲法原則に違反し得るのである。
(七) 上告論旨(2)は「尊属と卑属との関係は、、、如何なる人においても存するのであつて、それは必ずしも或る特殊の人に対して社会的な差別を認めたものとは考えられない。」と言う。それは結局「尊属」「卑属」の関係を憲法一四条一項の「社会的身分」に当てはめまいとした議論であるが、身分なるものは必ずしも特殊的確定的なるを要せず、時に随つて変転するものでもさしつかえない。ともかく特定の時において尊属たる身分に在りそしてその身分のゆえに卑属たる身分に在るのとは違つた待遇を受けることが法律できまつていれば、「法の下に平等」とは言い得ないのである。
(八) 上告論旨(6)は「今後の立法問題として、かかる特別な規定を設け置く要ありゃ否やの問題と、今日現に存するこの種規定がはたして憲法に違反するかどうかの問題とは、厳に区別さるることを要」するとし、多数意見も右の論旨を是認して、原判決は「憲法論と立法論とを混同するものである」と非難する、原判決はそこまで踏込んで論じてはいないように思はれるが、なるほど憲法論と立法論とを混同すべきではあるまい。しかし前に述べたとおり、刑法二〇〇条と同二〇五条二項との小合理はかなりに著明であり、そしてそれは新憲法前の規定で、新憲法の制定とそれに伴う民法の改正とによつてその不合理が増大したのであるから、右条項は憲法一四条一項と併せて同九八条一項により、憲法施行と同時に効力を有しないことになつたのではないかとさえ考えられる。そしてこれまた前に述べたとおり、これら特別規定なくとも普通規定によつて不孝の子を懲罰するに甚しく妨げないのであるから、問題の刑法規定の違憲性を論ずるに当り立法上の不当と不要とを一論拠とするのも、必ずしも見当違いではないのである。
以上の理由によつて本裁判官は、本件についての当裁判所裁判官多数意見に賛同し得ず、検事上告を棄却して原判決を維持するを適当と信ずるものである。
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