【学校】 試験の成績等の開示請求について 「情報公開・開示請求実務マニュアル」(平成28年)
少し古くはなりましたが、「情報公開・開示請求実務マニュアル」に、試験の成績等の開示請求についての解説がされていました。
わかりやすいと思いましたので、橋折ながら、説明したいと思います。
この解説は旧法のものですが、現行の個人情報保護法についてもそのまま当てはまると思います。
行政機関個人情報保護法14条7号柱書(旧法)は、国の機関、独立行政法人等、地方公共団体または地方独立行政法人が行う事務または事務に関する情報であって、開示することにより当該事務または事業の性質上、当該事務または事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるものを不開示情報と定めている。
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本号に制度趣旨について、東京地判平成25年2月7日および東京地判平成25年7月4日は、国の機関等が行う事務・事業は、公共の利益のためのものであり、開示請求に基づく開示により事務・事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれのある情報を不開示とすることに合理的な理由があるため、これらの情報を不開示情報としたものであるとした上で、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれとは、当該事務・事業の目的、その目的達成のための手法等に照らして、その適正な遂行に支障を及ぼすおそれをいう
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本号にいう支障の程度につき、大阪地判平成20年1月31日は、名目的なものでは足りず実質的なものが要求され、おそれの程度も単なる確率的な可能性ではなく、法的保護に値する蓋然性が必要とする。
東京地判平成25年2月7日は、ほぼ同趣旨を説いた上で、さらに、これらの要件の判断にあたっては、個人情報開示請求をした者が当該情報を知る利益と、客観的具体的に想定される当該情報を開示することにより生じる不利益とを比較考量して判断すべきとする。
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大阪地判平成20年1月31日は、新司法試験受験者である原告が法務大臣に対して行った答案およびそれを採点した考査委員が付した素点が記載された文書の開示請求の一部不開示処分決定処分取消請求について、司法試験委員会において回答の困難な質問や照会を増大させ、同委員会が本来の業務以外にかかる質問や照会に対する対応に今まで以上に時間を割かれるようになり、事柄の性質上、十分な時間を割いても受験者らが納得する回答ができるものでもないことなどを理由に、開示により司法試験事務の適正な遂行に実質的な支障をおよぼすおそれが、法的保護に値する蓋然性の程度まで認められるとして、請求を棄却しました。
大阪地判平成20年1月31日が掲載された判例タイムズNo1267によれば、「試験に関連する情報公開の裁判例としては、
公立学校教員採用選考筆記審査の択一式問題とその解答の開示を求めた事案についての、高知地裁平成10年3月31日判決(原告負け)、その控訴審である高松高裁平成10年12月24日判決(原告勝ち)、その上告審である最高裁平成14年10月11日判決(原告勝ち)
保育士試験における自己の解答用紙及び問題ごとの配点と得点の開示を求めた事案についての、東京地裁平成15年8月8日判決(原告勝ち)、その控訴審である東京高裁平成16年1月21日判決(原告負け)
旧司法試験における論文式の科目別得点等の開示を認めた事案についての、東京地裁平成16年9月29日(原告一部勝ち)、その控訴審である東京高裁平成17年7月14日判決(原告一部勝ち)」があるようです。
最高裁平成14年10月11日判決は、択一式試験の問題とその解答についてのものですが、判例タイムズの解説によれば、その他の出題形式で行われた試験問題等についても択一式試験と同様に解することができるかどうかは、今後に残された問題であるとしております。
旧司法試験における事案については、前記東京地裁平成16年9月29日判決は、「司法試験第二次試験の受験者の行政機関個人情報保護法13条1項に基づく自己の試験成績等の処理情報の開示請求に対する一部不開示決定処分につき、論文式試験の科目別得点及び総合順位を不開示とした部分ならびに口述試験の科目別得点を不開示とした部分は、同法14条1項1号ニに該当するから適法であるとし、口述試験の総合順位を不開示とした部分は、同法条項1号ニ又は3号のいずれにも該当しないから違法であるとして、その部分の取消請求を認めた事例」、その控訴審である東京高裁平成17年7月14日判決は、「司法試験第二次試験の受験者が,司法試験管理委員会委員長に対し,行政機関の保有する電子計算機処理に係る個人情報の保護に関する法律(平成15年法律第58号による全部改正前の昭和63年法律95号。ただし,平成15年法律第119号による改正前)13条1項に基づいてした同試験ファイルに記録された自己の試験成績等の処理情報の開示請求に対する一部不開示決定の取消請求につき,同決定のうち,論文式試験の科目別得点及び口述試験の科目別得点を不開示とした部分は,同処理情報を開示することにより同法14条1項1号ニに該当するから適法であるとし,論文式試験の総合順位を不開示とした部分は,同処理情報を開示することにより同号ニ又は同項3号のいずれにも該当しないから違法であるとして,前記請求を一部認容した事例」と判断されています。
保育士試験における自己の解答用紙及び問題ごとの配点と得点の開示を求めた事案については、前記東京高裁平成16年1月21日判決は、「保育士試験の趣旨、目的を実行するために最も重要なことは、適正な試験問題を成することである。そして、そのためには、試験委員にふさわしい者を確保してその専門的識見を活用し、かつ、良問の作成を阻害する要因をできるだけ除いておく必要があると考えられる。このような点から見ると、解答用紙及び問題ごとの配点と得点の開示は、この試験制度の趣旨、目的に合致しない面があることを否定できず、「事務の適正な執行に支障が生ずるおそれ」かあるといわざるを得ない。すなわち、前記ののとおり 開示することにより、一方においては、採点及び合否判定の過程を透明化し、健全な批評、批判を通じて試験の適性の確保を実現するという効果を期待することができるものの、他方においては、試験委員のなり手の確保が困難となり、試験問題が不適切なものになりがちになり、試験委員及び事務局において質問に対する回答をするための事務が増加するおそれに加えて、採点基準が推定されて受験技術が発達し、機械的、断片的知識しか有しない者が高得点を獲得する可能性があるという、いわば副作用ともいうべき難点がある。そして、全体としてみると、現時点において、開示のこの弊害は、相当程度現実的なものとみられるのに対し、開示に判う事務の透明化が、上記副作用を押さえて試験の適正化を実現する蓋然性は低いと考えざるを得ず、この副作用がある以上、解答用紙及び問題ごとの配点と得点の開示は、保育士試験の実施に関する東京都の事務の適正な執行にに支障を生ずるおそれがあるものと評価せざるを得ないのである。」
なお、最高裁判事で東京大学名誉教授でもある宇賀克也先生の「教育と個人情報」という論文に、以上のお話を総括されています。
「入試や各種資格試験の成績の本人開示については、近年大きな変化がみられた。すなわち、試験成績の開示は一般的になり、大学入試センター試験や大学独自の試験成績が本人開示されていなかった時代(横浜地判平成11年3月8日、東京高判平成12年3月30日)とは隔世の観がある。他方、採点済みの答案については、(1)受験予備校等が対価を支払うなどして、多くの受験者の答案と得点の通知を収集することで、具体的な採点基準を探り、また、高い答案を得た者の答案を分析して、多数の受験生に示す等、受験技術の習得に特化した受験指導を行うことが十分に予想でき、その結果、受験生の中には、合格者や高得点の者の答案を無批判に暗記対象とするなどして、受験技術偏重の傾向が悪化するおそれがあること、(2)個々の受験者の提出した答案を開示することになれば、成績通知による各科目別の得点を受験者相互間で比較検討することが可能となり、受験生の中には、その分析結果を基に、自己の答案が低いことについて疑問を持つ者が現れ、試験実施期間に質問や照会をする者が出現することになり、試験実施機関がその対応に時間が割かれることになること、(3)そのことへの煩わしさから、かかる質問や照会の行われにくい問題を作成し採点することになると、本来の目的である高度の専門的な知見に基づく多角的視点による採点が行われなくなったり、本来の趣旨から外れた考慮を必要とする問題作成や採点に煩わしさを感じ、優秀な試験委員を確保することが困難になることを理由として、本人開示を否定する裁判例がある(大阪地判平成20年1月31日、東京高判平成16年1月21日)。このような論理を前提としても、多肢選択式問題への解答の評価を記載した部分については、採点者の裁量の余地はないので、不開示とする合理的な理由はないことになろう」
(朝倉・須賀神社)
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