励みになります。クリックお願いします。<(_ _)>

  • にほんブログ村 士業ブログ 弁護士へ

<(_ _)>

  • 弁護士ドットコム|無料法律相談・弁護士/法律事務所検索ポータル

書籍紹介(企業法務・金融)

書籍紹介(不動産・建築)

書籍紹介(法律)

« 道後古湧園にて、愛媛異業種交流研究会・人材開発委員会主催の研修会を実施しました! | トップページ | 司法試験合格の価値 って??? »

2017年9月22日 (金)

義父の死

 8月31日に義父が亡くなったということを昼に義父にとっては孫にあたる子どもたちから聞き、家で昼食を作っている家内に確認したら、自宅で31日の朝に眠るようにして亡くなっていたという説明を受けた。

 9月1日に通夜、2日に告別式だったが、義父の強い意向により、子ども、孫、子どもの婿のみの家族葬となった。

 そもそも義父との出会いは、20年位前に家内と見合いをして交際することになり、交際して暫くした後、今治市内にある家内の実家であいさつにうかがった時に初めて会ったと思う。

 そのころの義父は今治有数のタオルメーカーの会社の社長をしており、また、関連会社の工場も中国に設置する等して、当時は今治タオルというブランドも確立されておらず、タオルの製造という厳しい業界の中で、第一線で積極的に活躍しており、当時司法修習生であった私から見ると、かなりアグレッシブな雰囲気と容ぼうを持った人であった。

 反面、当時は繊維問題で我が国と中国と貿易摩擦が発生しており、中国進出企業の1社であった義父も相当に厳しい立場に立たされており、そのときの様子がTV等でも放映されており、外部から見ていて痛々しい程であった。

 それはされおき、話を戻すが、家内とは交際を経て婚約し、結婚するに至ったわけであるが、婚約以降、家族の一員として家内の実家に度々出入りするようになった。

 義父の仕事の内容についてはアグレッシブに働いていたこと以外は余りよくわかっていないが、少なくとも、家庭面では家庭を非常に大事にしており、具体例を挙げると数えきれない程あるが、例えば、家内の実家でのバーベキュー大会等では備長炭を購入して一生懸命に家族のために肉を焼いている姿、子ども(孫)のために車を運転して九州や高知を旅行したこと等を思い出している。

 私の仕事で東京の会議が長引いて松山行きの最終便に乗り遅れ、始発便で松山空港に着いたことがあるが、その日も午前から裁判所で仕事があるためそれに間に合うように、早朝に義父が松山空港まで迎えにきてくれたこともある。

 一線をひいてからは、趣味の範囲ではあるが、農作業に従事し、大根やネギ等の野菜を持ってきてくれたり、或いは、家庭でそば粉からそばを作って御馳走をしてくれたりなど、誠に家族サービスに富んだ人であった。

 また、現在私の子ども(孫)が高校三年生であるが、もし子どもが中央大学に進学することがあれば、義父も私も中央大学出身であることから、3代が中央大学出身者ということで、中央大学のホームカミングデーで表彰されるかもなということで、子どもの大学合格を楽しみにしていた。

 最近調子が悪く、先月も入院し退院したばかりであるが、子ども(孫)は8月に北陸の城めぐりした時のお土産(のどぐろ)を持参した時には元気そうだということでまだまだ大丈夫だと勝手に思い込んで安心していた。

 旅行の土産を持って行くと「いつもありがとう」という義父の言葉を思い出す。

 享年77歳だった。

 作家の井上靖の言葉だったと思うが、親が亡くなると、自分自身の死を意識するようになる、これまではそのような意識を親が引き受けてくれていたが、親が亡くなると、今度は自分の番だということで、死というのが急に正面から意識するようになるというような趣旨のことを話されていたのを思い出す。

 私には、まだ、義母や両親がいるが、いずれも高齢である。井上靖の先ほどの言葉を知ったのは30年位前のことであるが、その時には余り理解が十分ではなかったが、義父が亡くなり、少しずつではあるが、確実にそのようなことも考えることが増えている。

 そういえば、家内と結婚した当初に、義父から国際ホテルの寿司屋さんで二人きりの食事を誘われたことを今思い出した。二人きりで食事をしたのは先にも後にもその1回だけだ。何を話をしたのかはほとんど覚えていないが、ただ、家内は元気か?ということを訊かれたことがある。その当時、家内は義父の会社の社員であり、社員である家内の状態は知っているはずなのに不思議に思ったが、今から思うと、娘である家内が幸せなのかを確認したかったのだろうと思う。このようなことも歳を重ねないとなかなかわからないものだ。

 私にとっては、仕事に対する姿勢でも、家庭の面でも、目標とすべき人だったので、義父の死は本当に残念に思う。

 自分にとっても、心の中に大きな空洞が生じた感じがする。

 親孝行は亡くなってしまうと、したくてもできない。。。という話があるが、人生の先輩としてお話をうかがうこともできなくなってしまうというのは亡くなってから如実に感じるところである。

 なお、冒頭に話が戻るが、昼食を作っていた家内は私や子どもに対しては明るくふるまっているが、顔に泣いていた痕があった。。。

 今は静かに義父の冥福を祈りたいと思う。

« 道後古湧園にて、愛媛異業種交流研究会・人材開発委員会主催の研修会を実施しました! | トップページ | 司法試験合格の価値 って??? »

2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

書籍紹介(労働・労災)

無料ブログはココログ